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日々、だらだら日記です。さて、何が飛び出すやら! 食べ物、音楽、いろいろです。 |
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| 西成・・・「釜ケ崎はワタシの故郷」 |
一昨日、月一度の病院の帰り、図書館へ本を返しに行ったのですが、少し時間があったので「何か呼んで帰ろう」と思い、探してみるとこんな本を見つけました。 残念ながら貸出しの棚にはなかったので、貸出禁止の本を図書館内で読んできただけなので、ちょっと中途半端な読み方になってしまいましたが・・・。
エリザベス・ストローム著「釜ケ崎はワタシの故郷」、という本です。
昭和28年秋にドイツの教会から、宣教と社会事業のために派遣された宣教師で、 東京に滞在中の10年間、不安や不満を感じ他の宣教師のようには仕事ができなくて、本国への帰国も考えていた矢先、大阪の「釜ケ崎」を訪れたことがきっかけとなり、教会を拠点とした日本における社会事業のあり方の答えを釜ケ崎という場所に見つけ、宣教定年になる1982年まで保育活動を続けた方です。 来日の目的は「赤線地帯」における売春婦の更生だったようですが、釜ケ崎を見学した時に、子供の頃の「両親が更生施設の指導をしていた時に、その施設の“おじさん達”と一緒に食卓につき、共に生活をする」という思い出と、その思い出と共にある経験と「釜ケ崎」とが自分の中で一つになり、「釜ケ崎で働きたい」と思うようになられました。 最初、「釜ケ崎に移りたい」と日本の教会関係者に申し出た時、一笑に附されたそうです。 「えぇ、あんなところ・・・」と。 ストロームさんは、教会に申請をし、その返事を待たずして釜ケ崎に移り住むことになります。 ひょんなことから、この地の子供たちを預かることになるのですが、この本の初めのほうには、その子供達の何人かが紹介されています。 年代的に私と同年代の子供が多いようですが、3歳にしてたった一人で蒲団の中で死んでいった子供、洋服や下着を何日も着替えさせてもらえないばかりか、風呂へもいれてもらえない子・・・、それでも精一杯生きていく子供達への深い愛情をもって接する、ストロームさんをはじめとする職員の方々。 ドイツへ帰国されるまで、保育はずっと続くようですが、この本の前半だけを読んでみても、社会事業や福祉という観点だけではなく、教育 −家庭教育や学校教育− の原点みたいなものが書かれているように思えます。
大阪のローカル・ニュースでは時々、釜ケ崎の「夜回り」の様子が放送されていますが、 普段は同じ大阪市内に住んでいながらも、殆どまったくと言っていいほど「気にかけられていない」場所のような感じがしています。 「夜回り」の様子を見ていると、日本人ボランティアの人に混ざって外国人のシスターの姿も見受けられ、最初はちょっと意外な気がしました。 それで(10年ほど前ですが)、当時日曜ミサに通っていた、カトリック教会の福祉委員会の担当者の方にそのことをちょっと聞いてみました。 すると「あぁ、日本のシスターは、本当に救いを必要としている所に行っても、なんにもできないんや。だって、そういう場所は満足に病院にかかれない人がたくさんいてるから、病人の世話をせなあかんし、環境も整っていないから、お嬢さん育ちの日本のシスターが行っても、長続きせんのが現状なんや。外国のシスターとエライ違いやで、ホンマに」という答えがかえってきました。
たまたま大阪には釜ケ崎というところがありますが、日本の社会の吹き溜まりみたいな所から、推し進めていかないと、もしかしたら日本の抱えている問題って、殆ど解決しないんじゃないか、と思っています。
エリザベスさんの本が途中なので、また続きを読んできます。
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